バルカン半島の旅 その2 モスタル(ものすーごーくーゆっくり書いてる日記)
2015年10月
この日記は実はリアルタイムで書いていたのですが、こちらにUPするのが遅くなりました。忘れないうちにUPします
2015年10月
この日記は実はリアルタイムで書いていたのですが、こちらにUPするのが遅くなりました。忘れないうちにUPします
ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエヴォの後もう一ヶ所この国で見るところがあった。
そういう景色が過ぎて、小さな街に辿り着いた。
え?ここ?観光地だよね、一応・・て確認しようかと思ったほどこぢんまりしたフツーのバス停。
タクシーで城下町まで行こうとしたが、歩いてすぐのはずなのにいいお値段だったのでこれはボッタクリだと思い、スーツケース引いて歩き始める。
タクシーで城下町まで行こうとしたが、歩いてすぐのはずなのにいいお値段だったのでこれはボッタクリだと思い、スーツケース引いて歩き始める。
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| バス停から少し離れると廃屋が立ち並ぶ |
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| 廃屋は銃弾の痕跡、割れた窓ガラスなど痛ましい姿 |
歩いてしばらくすると、最小限のライトアップとそれに照らされた石段、モスクの明かりがとってもミステリアスだった。
橋周りまで歩くとけっこう観光地化されていてお土産やさんが立ち並ぶ。
そうか、Lonely Planetの表紙を飾るこの橋は隠れた名所だと思ったけど意外と知られているのね。ボスニアの数少ない観光名所としては大目玉商品だ。


橋を隔てて西側か東側かによってキリスト教とイスラム教も隔てられる、とまたサラエボのラテンブリッジみたいないわれがある。
確かバスがたどり着いた方の側はキリスト教側だったのか?
橋を渡ると、一気に旧市街の雰囲気を醸し出し、古くて異国情緒漂う城下町のような世界に変わる。

橋を渡ると、一気に旧市街の雰囲気を醸し出し、古くて異国情緒漂う城下町のような世界に変わる。

でもなんだかちょっと可愛すぎ?と思ったらその通り。
この橋が90年代の紛争で爆撃されてから再建され、町そのものを観光名所としてリニューアルしたようだ。橋のトンネルが先の少し尖ったような円形型でモスクの屋根を思わせる。敷き詰められた石畳が丸っこくて妙に清潔感がある。
試しにビーサン脱いで裸足で歩いたら気持ち良かった。
そして川の水は恐ろしいほど綺麗!翡翠色に近いブルーなのだけど透明感があり、光を受けるとキラキラして宝石みたい。これも石灰岩の効果なのか?

ヨーロッパの景色ではあるものの、イスラム教とキリスト教の入り組んでて異国情緒なのはサラエボと似ているけど、こちらはもっと「ザ・旧市街」感を残している。
ほとんどが石畳であり、要塞に囲まれているので迷路のように壁だらけで抜け道が所々あり探検気分で楽しい。



そうそう、この橋の名物というとダイバー。しかも飛び込んだらチップをくれる人が一定人数集まれば飛び込みますというシステムだった。体を張った仕事だな。。
世の中色々な職業の人がいるものだ。
世の中色々な職業の人がいるものだ。
首が痛くなるほど飛び込むのを待って、ようやく飛び込んだ。その姿は、失礼、ダイバーではなくジャンパー。足から飛び込んでいた。
綺麗に飛び込んでたけど、お疲れ様でーす。て感じ
綺麗に飛び込んでたけど、お疲れ様でーす。て感じ
飛び込み姿よりも彼らの生き方に感心。飛び込んだ後すぐに彼の仲間が橋の下にいた私たちのところまで来てチップをもらいに来た。私たちは目があう前に移動した。
そしてここもまた猫多し!
この街で食事をしているといつも美猫がやってくる。そう、ほとんど毛もツヤツヤで丸々と健康的で清潔な美猫ちゃんたちばかり。レストランの人がちゃんとご飯をあげてるんだろうな。それでも私たちのところに来て食べ物をねだるが。長居しているとどんどん猫ちゃんも数が増えて溜まる一方。
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| 美猫ぉー♥ |
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| おねだりがしつこすぎる猫の一枚。もはや脅迫モード。 |
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| 閉店後はプランターのベッドでスヤスヤ |
街はイスラム教が中心なので、ここでもお酒が飲める店に苦労する。
バーは幾つかあるのだけど、お酒ではなく代わりに水タバコだったりするので紛らわしい。
水タバコ日本のトルコ料理屋などで吸ったことあるけど美味しいとはおもわずこの旅では全然トライしなかったけど今思うと現地で吸うと違ったかもしれないな。でもあからさまに女性で吸ってる人たちは観光客ばかりだった。
モスリムの女性は夜出歩いたりしないし、水タバコも吸わないみたいだ。(実は必ずしもそうではないかもしれないけどこの町で見かけることはなかった)
同じ宿に泊まっていたモスリムの人たちはとってもおしゃれで、洗練された感じだった。鮮やかな色のシルクのスカーフに目元はバッチリメイク。
肌を露出していなくてもむしろその方が出せるセクシーさってこういうことなんだなーと思った。脱ぐばかりがセクシーではないのである。
肌を露出していなくてもむしろその方が出せるセクシーさってこういうことなんだなーと思った。脱ぐばかりがセクシーではないのである。
観光客の私もこういうところでの肌の露出は控えめにした方が無難だなと思った。
それからこんなところにも中国人の観光客が多かったのに驚き。
日本人はごく少人数だがツアー旅行グループが一組ぐらいといった感じ。
2013年の秋に動き始めてから早2年半...
よーーーーぅやく
アメリカの ✴︎アーティストビザ(O-1ビザ)✴︎ を取ることができました!!!
わーい!
これで益々フットワークが軽くなるぞ!そして行動範囲もパワーアップ!
応援していただいた方々、資料にご協力して頂いた方々、
無茶言って推薦状を書いていただいた著名な方々....本当にありがとうございました。
おかげさまですべてが無駄にならずに、大活躍させていただきました。
それからパートナーM氏の協力がなくてはこれは成功させられなかったと思います。
それからパートナーM氏の協力がなくてはこれは成功させられなかったと思います。
あとは、2カ国間での更なる成功を目指して頑張りまっす!
・・・・・・
海外に顔を広げ、新たな可能性を探り始めていた頃
思えば最初はそんなビザがあるなんてことも知らなかったし、NYに住んでいるお友達から「ふきなら取れるはず!」と勧められて何となくそんな気になって調べ始めたのが最初だった。
思えば最初はそんなビザがあるなんてことも知らなかったし、NYに住んでいるお友達から「ふきなら取れるはず!」と勧められて何となくそんな気になって調べ始めたのが最初だった。
2013 9月
アメリカは規律が厳しいので法的な手続きには弁護士を雇った方が安全、ということなのでまずは弁護士探しから取り掛かる。
アメリカは規律が厳しいので法的な手続きには弁護士を雇った方が安全、ということなのでまずは弁護士探しから取り掛かる。
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アーティストビザは自分で申請することができず、スポンサーを探してそこから申請してもらう必要があることがわかる。
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2013 11月
スポンサーと弁護士を見つけ、成約
スポンサーと弁護士を見つけ、成約
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必要だと言われた書類をすべて集め始める(1998年ぐらいからの...)
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最初の頃はすべてが電子書類じゃなかったから簡単には集めきれずに苦労する
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当時の担当者による証明が必要な資料などもあり
すでにお亡くなりになっている方や、音信不通なお方、社の吸収合併...連絡取れずに苦労する
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今度は著名人からの推薦状が必要だとのことで、思い当たる業界著名人さまに無理言って依頼しまくる。
ま、これだけ揃えば...? 送った資料は百科事典3冊分ほどのボリューム
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今度はアメリカの会社からのJob Letterが5-6通必要と聞く
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えー?ツテがないなぁ・・・・・
2014 2月
この辺で疲れて帯状疱疹になる > しばらく療養する > 老後の不安がふとよぎる(病気になったら仕事できない!) > 1年勉強して日本語講師の資格を取る
この辺で疲れて帯状疱疹になる > しばらく療養する > 老後の不安がふとよぎる(病気になったら仕事できない!) > 1年勉強して日本語講師の資格を取る
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2015 3月
しばらく時間が空いてしまったが元気に復活して渡米
しばらく時間が空いてしまったが元気に復活して渡米
仕事くれそうな会社にアポイントとりまくる
西はシアトル東はニューヨークさらにはハワイまで.....アメリカ中飛びまくる
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2015 6月
ようやくある程度枚数が揃う
ようやくある程度枚数が揃う
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弁護士の日本語の資料の英訳を待つ(これもめっちゃかかった)
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翻訳が終わり、滞在中の3年間の計画表も作り、
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2015クリスマス
スポンサーからのビザ申請手続き完了
スポンサーからのビザ申請手続き完了
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2016 2月
米国移民局から申請許可が下りる!(O-1ビザを申請していいですよという許可証を受け取る)
米国移民局から申請許可が下りる!(O-1ビザを申請していいですよという許可証を受け取る)
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面接を申し込む!
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2016 3月末
赤坂の領事館で面接!(3時間ぐらい待たされたが面接は30秒ぐらい)
赤坂の領事館で面接!(3時間ぐらい待たされたが面接は30秒ぐらい)
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面接官 "You will receive VISA in 7 days" .......(ヒャッホー‼︎ デモ パスポート ミル マデシンジラレナ-イ.....‼︎‼︎)
そして6 days後......
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パスポートが自宅に届く!
パスポートの裏表紙にべたっとバーコードのあるでっかいシールが付いてる!へっまさかこれが!??
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そして最後の方のページをめくると
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| ちら |
貼ってありました♬ よかった〜〜〜
めでたしめでたし!
(裏表紙のでっかいシールは多分領事館で管理するためのラベルだな。でっかく名前も書いてあってなんだか恥ずかしい...)
・・・・・・以上こんなに長いプロセスがあったのでした。たった3年のビザなのに何2年半も費やしてるんだろう?
お金も時間もかかったけど、色々と人生について考えさせられた日々でした。
病気になったり意外とヘタレな自分も発見しました。
拠点はアメリカになりますが、日本でのお仕事もあるのでこれまで通り行ったり来たりすることが多いと思います。
アメリカが好きだからとったというよりは、自分の翼を広げていくための第一歩なのです。(多分アメリカにそんなずっとにいない?かも笑 他の国も行くし)
というわけで、今後とも応援宜しくお願いします〜
めずらしく長文でしたー。







