浮世絵から気がついた共通点

14:37

最近浮世絵にはまっている。
デンバーの骨董屋系のアジアンインテリアショップに行くと時々置いてあるので、気に入ったものを見つけては買っている。
今持ってるのは国芳、広重、国明など。
パリ郊外のクロード・モネ邸に行った時もそういえば浮世絵コレクションがあった。モネさん相当集めてたね。浮世絵は漫画の原点とも言われている。(鳥獣戯画って説もある)


歌川広重『狂戯芸づくし』シリーズ

歌川国芳 美人画、猫


歌川国明 役者絵

更に国芳の猫エピソードを集めた「猫づくし」(風野真知雄著)を読んで、思わぬ共通点を知ってしまった。


国芳は「人間」を描く代わりに「猫」を描くことで身を守ったということ。

当時「天保の開拓」というものにあたり、役者絵や遊女、春画などを描くことが禁止された。国芳の得意な題目がことごとく禁じられたので、人間の代わりに猫や金魚にすり替えて、風刺的な絵などでお役所に何か言われても「いいえ、これは役者絵じゃなくて猫ですよ」と言い放っていた。

わかるわー。私も実は「世界を駆け巡る猫レギンス」にはちょっと理由があって。。


日本にいた頃は躊躇なく世界中の人種をそれらしく描いていたが、アメリカでそれをやると、「黒人が気分を悪くするかもしれない」とか「唇が厚すぎだ」とか言われる。実際黒人で見てくれた人はそんなことないと言ってくれてたし、黒人以外でも同じぐらい唇ぶ厚い人を描いてたんだけど。。ちょっとこれは...*ブラックフェイス並に突っ込まれるレベルらしかった。白人に関しては唇なしにしちゃったり鼻がやたら高くても誰も文句言わない。要は差別者として引っかかりやすいのは黒人(LIKELY被差別者)をデフォルメして表現することなのだ。そういうイラストを製品化していたものも廃止になり、当時相当落ち込んだものだった。しばらく誰を描くにも唇なしにしてた時もあった。
唇が分厚すぎた頃のイラスト。

そこで思いついたのは「猫」だった。そう、猫なら誰も差別しない。せいぜい猫描くんだったら犬も描けと言われるぐらいだ。そういうわけで「猫レギンス」は世界中の人々を「猫」で表現している。猫なら黒人白人関係ない。

*ブラックフェイス:黒人以外の人が黒人を演じるために舞台化粧として顔を黒塗りにすること。
Mews in Seattle ジミーのような猫がいるがあくまでも猫である
その辺にいる人たちを猫化してみた(アメリカ)


でもなんだろう。やっぱり人間を描きたい。猫は面白いけど、人間ならではの表現方法がやっぱりあるのだ。そういうわけで最近また人間を描いている。唇ぶ厚すぎないように気をつけながら。。。


アフリカンペアダンスシーン *描きかけ
アメリカの現状は江戸時代の天保の開拓ぐらい革命的だ。(目的は全然違うけど)黒人を真似したもの、男尊女卑を少しでも匂わせるもの、男と女しか選択肢がないもの。。。いっさいがっさい取り上げては改定・廃止している。ルノワールは裸婦ばかり描いてるからいやらしいやつだと言われている時代なのだ。。まじか?日本はまだまだそのレベルに追いついてないけど、初めてもしくは久々にアメリカに来る人はちょっと戸惑うかもしれない。

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